長崎県支部 雲仙普賢岳噴火災害30年 島原市・南島原市防災避難訓練 防災用品展示
5月30日(日)島原市平成町「島原復興アリーナ」で開催の「令和3年度島原市・南島原市防災避難訓練」で防災用品・非常持出袋中身・防災パネル・仮設トイレ等を展示。
雲仙普賢岳噴火災害は、平成3年6月3日の火砕流では、死者40人、行方不明3人、負傷者9人、建物被害179棟という、 火山災害としては極めて悲惨な災害となった。噴火活動は、平成7年に至るまで約4 年半、島原市・深江町では度重なる土石流災害・火砕流災害に見舞われた(防災の取組みと過去の災害 主な災害の概要 雲仙・普賢岳噴火活動による災害からの引用)。
島原市は噴火災害から30年を区切りに、古川市長が「日本一の防災の街」を掲げられ防災の取組みが全市的に展開されています。今回もその記念すべき事業の一環で開催されました。長崎県支部とも連携を取らせて頂いております。
私たちは、体験した災害を過去の事として忘れ去るのでなく、多くの犠牲者の御霊に報いるため、次世代へ「大災害の惨禍」を繰り返さないためにも「災害の継承」が大事である。
また、当日参加者の直木さんの感想も併せて報告します。
(報告:事務局 川浪良次)
雲仙・普賢岳噴火災害30周年に関する事業(3.5.30)に参加して
令和3年5月30日(日)島原復興アリーナに於いて雲仙・普賢岳噴火災害30周年に関する事業に参加した。
『雲仙・普賢岳噴火災害から30年、「そして未来へ」』と題し、普賢岳直下地域の自主防災会や婦人会をはじめ、小中学校や保育園、警察、消防、国土交通省、自衛隊の関係者ら計約2500人が参加し大々的に実施された。
「震度6強の地震が発生し溶岩ドームが崩落した」との想定で実施された島原市と南島原市の初の合同防災避難訓練では、各地の避難所で地域住民の安否確認などが行われた。
一方、島原復興アリーナでは、避難所運営の一環として段ボールベッドの組み立てや災害図上訓練等実践的な訓練が繰り広げられた。どちらも参加者は初体験の様で悪戦苦闘しながら真剣に取り組む姿は印象的だった。
各種訓練後には「雲仙普賢岳の活動と火山観測、防災の現状」(清水洋氏)、「自主防災会議」(瀧本浩一氏)についての講演が行われ、地域防災の担い手である消防団や地域住民が真剣に耳を傾けていた。
さて我が長崎県支部は、パネルや防災食・防災グッズ等の展示をし、興味を持った避難者には説明を行い、「日頃の備えの大切さ」を伝えることができたように思う。
最後に、今年で雲仙普賢岳噴火災害から30年を迎える。
先般、テレビの特集番組で雲仙岳災害記念館の杉本伸一館長(日本防災士会長崎県支部幹事)がインタビューを受け「噴火災害の経験の記憶が薄れ、経験を語り継ぐ人が少なくなっている。」と話しておられました。
今回、「段ボールベッド」の組み立てに多くの「若い」市の職員や消防、学生等が参加していた。
「なぜ、避難訓練が必要なのか」
「なぜ、災害図上訓練が必要なのか」
「なぜ、段ボールベッドの組み立てが必要なのか」
若い世代に教訓を伝えることや語り継ぎを増やす必要性を考える貴重な機会だったのではないか、と感じた。
長崎支部(防災士:No201742)直木隆一郎

参加メンバー 長崎県支部防災用品・非常持出用品展示

従来の避難所再現 地元高校生による段ボールベット組立訓練

自主防災組織段ボールベット組立訓練
雲仙普賢岳・平成新山地震崩落災害図上訓練(DIG)

長崎県初のトイレ車
雲仙普賢岳噴火災害は、平成3年6月3日の火砕流では、死者40人、行方不明3人、負傷者9人、建物被害179棟という、 火山災害としては極めて悲惨な災害となった。噴火活動は、平成7年に至るまで約4 年半、島原市・深江町では度重なる土石流災害・火砕流災害に見舞われた(防災の取組みと過去の災害 主な災害の概要 雲仙・普賢岳噴火活動による災害からの引用)。
島原市は噴火災害から30年を区切りに、古川市長が「日本一の防災の街」を掲げられ防災の取組みが全市的に展開されています。今回もその記念すべき事業の一環で開催されました。長崎県支部とも連携を取らせて頂いております。
私たちは、体験した災害を過去の事として忘れ去るのでなく、多くの犠牲者の御霊に報いるため、次世代へ「大災害の惨禍」を繰り返さないためにも「災害の継承」が大事である。
また、当日参加者の直木さんの感想も併せて報告します。
(報告:事務局 川浪良次)
雲仙・普賢岳噴火災害30周年に関する事業(3.5.30)に参加して
令和3年5月30日(日)島原復興アリーナに於いて雲仙・普賢岳噴火災害30周年に関する事業に参加した。
『雲仙・普賢岳噴火災害から30年、「そして未来へ」』と題し、普賢岳直下地域の自主防災会や婦人会をはじめ、小中学校や保育園、警察、消防、国土交通省、自衛隊の関係者ら計約2500人が参加し大々的に実施された。
「震度6強の地震が発生し溶岩ドームが崩落した」との想定で実施された島原市と南島原市の初の合同防災避難訓練では、各地の避難所で地域住民の安否確認などが行われた。
一方、島原復興アリーナでは、避難所運営の一環として段ボールベッドの組み立てや災害図上訓練等実践的な訓練が繰り広げられた。どちらも参加者は初体験の様で悪戦苦闘しながら真剣に取り組む姿は印象的だった。
各種訓練後には「雲仙普賢岳の活動と火山観測、防災の現状」(清水洋氏)、「自主防災会議」(瀧本浩一氏)についての講演が行われ、地域防災の担い手である消防団や地域住民が真剣に耳を傾けていた。
さて我が長崎県支部は、パネルや防災食・防災グッズ等の展示をし、興味を持った避難者には説明を行い、「日頃の備えの大切さ」を伝えることができたように思う。
最後に、今年で雲仙普賢岳噴火災害から30年を迎える。
先般、テレビの特集番組で雲仙岳災害記念館の杉本伸一館長(日本防災士会長崎県支部幹事)がインタビューを受け「噴火災害の経験の記憶が薄れ、経験を語り継ぐ人が少なくなっている。」と話しておられました。
今回、「段ボールベッド」の組み立てに多くの「若い」市の職員や消防、学生等が参加していた。
「なぜ、避難訓練が必要なのか」
「なぜ、災害図上訓練が必要なのか」
「なぜ、段ボールベッドの組み立てが必要なのか」
若い世代に教訓を伝えることや語り継ぎを増やす必要性を考える貴重な機会だったのではないか、と感じた。
長崎支部(防災士:No201742)直木隆一郎


参加メンバー 長崎県支部防災用品・非常持出用品展示


従来の避難所再現 地元高校生による段ボールベット組立訓練


自主防災組織段ボールベット組立訓練
雲仙普賢岳・平成新山地震崩落災害図上訓練(DIG)

長崎県初のトイレ車